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伊馬春部生家保存整備

所在地

福岡県 北九州市八幡西区木屋瀬

発注者
北九州市 様
構造・規模
改築工事
実績紹介
高崎家は屋号を柏屋(カネタマ)といい、本家柏屋(カネシメ)の7代目高崎四郎八(1795年?1865年)が分家して創立した家です。本家のカネシメは詩人、歴史学者として有名な頼山陽(らいさんよう)が立ち寄ったこともある土地の豪商です。分家の創立時期や家督相続の時期は明確ではありませんが、少なくとも天保7年(1836年)よりは遅くない時期です。四郎八は文政8年(1825年)から町年寄約を務め、翌年には大庄屋格に任ぜられています。カネタマは嘉永(1848年?1854年)の頃には板場(絞蝋業)を経営し、明治6年(1873年)頃には醤油醸造業を営んでいました。放送作家として活躍した伊馬春部(本名:高崎英雄、1908年?1984年)は、カネタマの5代目として生まれました。新宿ムーランルージュ創立期の座付き作者となった後、ラジオ、テレビ、舞台などの脚本を手がけました。ラジオドラマ「向う三軒両隣り」「屏風の女」等は代表作のひとつです。また、地元の校歌も数多く作詞しています。

屋敷地は木屋瀬宿の西構口跡近くの改盛町に位置し、建物は街道に東面して建っています。江戸時代末期の木屋瀬宿図絵馬によると、屋敷地は遠賀川堤防下まで広がっています。

建築年代は2階梁に残された墨書銘などから天保6年(1835年)と考えられます。

建物は平成10年3月に17ヶ月の修復工事を終え、江戸時代末期の大きな商家の代表的な宿場建築として蘇り、平成10年4月から春部に関する資料もあわせて展示公開しています。

(北九州市HPより転載)