佐伯建設 100年の歴史 ~黎明期~

佐伯建設 100年の歴史 誠実一途

黎明期

  • 1880年
    明治十三年
    佐伯與之吉(創始者)誕生
  • 1895年
    明治二十八年
    川崎喜一(創業者・後の佐伯建設初代社長)誕生
  • 小豆島内海町苗羽(昭和初期)

    小豆島内海町苗羽(昭和初期)
    佐伯建設 その源流
    創始者佐伯與之吉と創業者川崎喜一とは、ともに瀬戸内海に浮かぶオリーブの島、小豆島に生まれた。二人は親戚関係に当たる。互いに「先々俺の片腕になれる男」「人の先輩としてついて行ける人物」と認め合い、明治人の気骨がぶつかり合い、大工の棟梁から建築設計、さらに建築業へと生涯の軌跡を共に歩んだ。
  • 1904年
    明治三十七年
    佐伯與之吉、辰野・片岡建築事務所に就職
  • 1908年
    明治四十一年
    川崎喜一、建設業を志し、佐伯與之吉の兄、佐伯万吉棟梁のもとに入門
  • 1910年
    明治四十三年

    佐伯與之吉、二十三銀行本店(現大分銀行赤レンガ館)新築工事の現場主任となる

    建設途中の二十三銀行本店

    建設途中の二十三銀行本店
    代表作品へ

     

  • 1913年
    大正二年

    ■二十三銀行本店新築工事

    二十三銀行本店 平面図(当時)

    二十三銀行本店 平面図(当時)

    完成当時の二十三銀行本店 内装

    完成当時の二十三銀行本店 内装

     

  • 二十三銀行本店(現大分銀行赤レンガ館)が完成
    大阪の夜間学校で学び、時の日本建築設計界の権威である辰野・片岡建築事務所に就職した佐伯與之吉。日韓併合、大逆事件など内外共に慌しい明治43年、命じられた仕事が二十三銀行(現大分銀行赤レンガ館)本店新築工事であった。総工費17万円という当時まれに見る大工事であり、完成までに2年8ヶ月の歳月をかけた。
    今も赤レンガ館(旧府内会館)の名で残る、明治正統派の洋風建築である。赤レンガの小口積壁面を花崗岩の白い帯が引き締め、腰折れ屋根にランタンを八角形ドームにルネッサンスの特色がみられる。
    戦災で一時外壁だけとなったが、戦後復元され(こちらも後の佐伯建設が施工)昭和24年から41年の移転まで大分銀行の本店として偉容を誇った。大分はもちろん、九州でも異例のハイカラ建築として専門家の間でも好評で、見学者が後を絶たなかったという。
礎の時代
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